遂にお届けできる事になったMatteo Rizziさんのインタヴューです。
今回はその第一回目と言う事で、「マッテオさんにとってEurobeatとは?」が題です。
全10回に分けてお届けします。
御本人が日本語が得意なので基本、原文を尊重しますが、部分的に解りやすく修正しています。
会話調にお答え下さってます。
Q1)マッテオさんにとってユーロビートとは?
A1)ユーロビートを初めて聴いた2001年以来、意見が変わってきました。
僕にとってユーロビートとは何でしょうね、音楽の形にしたエネルギーで、パワーの溢れるジャンルですが、メロディーライン、ハーモニー、アレンジなどによって喜びから哀愁まで様々な気持ちの色合いも伝えることもできます。
実は、「ユーロビートを作りたいから日本のレコード会社でもいい」というのではなく、「日本人のために音楽活動をしたいからこそ、ユーロビートでも、どんな音楽でもいいんです。だからユーロビートが分からなければ、早く分かるようになりたい」という気持ちでした。
最初、ユーロビートをはじめて作曲してみようとしたら、いろんな困難に出会って、やっぱりユーロビートの作曲的なルールも分からなかったし、速いBPMにもメロディーラインにも問題があったし。
ちょうどその時は短編映画のサウンドトラックなど、ダンスミュージックと全然違うジャンルの制作をしていましたので、インパクトが大変でした!
普通のダンスミュージックよりも、既定のビート、既定のバスの弱拍、既定のシンセ、既定の速いBPM、どんな曲を聴いても同じ印象をうけて、作者として「自由に動けない」って感じでしたね。でも当然ね、最初は。
そういう困難を打ち勝ってきて、ユーロビートのルールがあっても「自分自身の作曲スタイル」を伝えられるための広さがあることが分かったと、すっごく楽しくなりました。ユーロビートに出会ってよかった!
ユーロビートを解るようになって、自分の音楽経験を高めて、MORONIさんとGELMETTIさんのような素晴らしい方と出会うこともできました。ユーロビートはこれからも経験の連続ですっごく勉強になると思います。
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なんと意外にもマッテオさんがユーロビートに出会ったのは、2001年と言う事です。作家さんの中でも一番若手の部類に入ると思いますが、その独創性で多くのファンの心を掴んでいると思います。
次回は、マッテオさんが初めてユーロビートに出会った2001年ごろのお話&Deltaで音楽活動することになった裏話をお届けします。
なんと意外にもアノ方がマッテオさんにユーロビートと出会わせた!?